第214回「失敗を探究する」
第214回 探究型ワークショップ実施!
今回は「失敗を探究する」というテーマで探究していきました。
今回のテーマについて
ファシリテーターの木原です。
今回は、第149回に引き続き、2度目の「失敗」をテーマとしたワークです。前回は
- 人はなぜ失敗するのか?
- 失敗が我々に与える影響
について考えましたが、今回は
- 失敗は良いことか?
- 成功するにはどうすれば良いか?
といったことについて考えていきました。
「失敗は良いことか?」という問いかけは少々シンプル過ぎたかな…
回答が片方に偏ってしまうかも…
と懸念していましたが、結果的に両方の意見が出てきて面白かったです。
失敗は良いことか、悪いことか、
どちらなのでしょうね。
今回のワークで重要だったのは失敗の定義だったかなと思います。インプットセッションでも軽く触れていきましたが、議論してみると思ったよりも奥深く、何を失敗と考えるかで議論が大きく変わってくることが分かりました。また一方で成功とは何なのか?ということも同時に考えを巡らせることになりました。今回、インプットセッション内で「目的を達せられないこと」を失敗の定義としましたが、仮にその反対「目的達成」を成功の定義とする場合、お金持ちであること自体は「成功」ではなく、どちらかと言うと成功しやすい状態だという事になります。
生活していると「失敗したな~」と思うことが時々ありますが、こうして深く考えてみることで、そういった物事の認識が変わっていくと、面白いな~と思います!
グループトーク
参加者の意見・やりとり
付箋も失敗から生まれた商品です
大前提として、失敗はいいことだと私は考える。生きてればその分だけ失敗するし、成功するほうが多くないと考えている。ただ、以下のことについて、考えなければならない。
- 失敗の中で、これはイケる!これはだめだ!の部分を整理する
- 自分が失敗した事例の成功例を探してみる
- 確実にやってはいけないことを洗い出す
この3つは必ず振り返らないといけないと考える。
その振り返りができたら、「じゃあどの部分をうまく組み合わせたら、その事例が成功するのだろうか」ということを考えてみる。
マインドとして重要なのは、過去の失敗を怯えないこと、過去は過去なので、そこはしっかり割り切る必要がある。
失敗したことを愚直に受け入れて、次に進む勇気が必要であると考える
失敗と反省
失敗と犠牲
何事にも犠牲はつきもの
何をもって失敗と考えるか?
人は何か新しい行動すると、失敗する可能性はある。 それが新規性のものならばなおさらであると思う。
ただしなるべくなら失敗はしたくないのも人なのかもしれない。(だから大いなるマンネリが生まれる土壌なのだけれど)
失敗は成功の母
1.自分は必ずできる、成功すると信じている
2.自分を磨くための勉強を欠かさない
3.人の心理を理解している
4.成功する人も成功できない人も、そこには、『わずかな差』しかないことを理解している
5.一匹狼でいることを覚悟している
6.マイナスな体験や経験が将来に活かせることを理解している
7.継続が大きな差になることを理解している
8.自分よりもレベルが高い人と付き合う
9.失敗の責任は自分にあると考える
10.ギャップを知り、その差を埋める
成功するための確実な道のりは、
成功している人から学び、成功している人を真似ていくことです。
本人は先駆者の後からなので失敗しない
時代が違いすぎると、参考にならないのではないか?
昔の成功者の真似をしてもむしろ失敗してしまうケースがあるのではないか?
時代が進むごとに事例が積みあがっていく
先駆者を真似をする時、同時に改良もしていく⇒文化の伝承
世代を重ねるごとに、精度が上がっていく?
先駆者の事例から、古今東西変わらない本質を学ぶこともできるかもしれない。
彼らがどのように失敗したのか、も参考になるかも。
新しいことのように見えても、実は過去の遺産ということも。
結論を言うと、時代が変わっても人の思考概念は変わらない。
数学で言うと、
結論を学ぶか
プロセスを学ぶか
の違い
「失敗」は悪いこと。だけど、エラーは悪くない。エラーもミスも失敗も全部違うはず。
成功するためにはどうすれば良いか?は、一括りには言えない。失敗の反対は成功とは限らないから。けど、富や縁などが想像している成功に結びつくことはある程度あるはず。
エラーやミスは悪い言葉ではない
失敗は悪いこと
成功とは何なのか
成功に結び付きやすい状況はあると思う(財力とか)
失敗≒悪いこと
と考えてしまうと、失敗した時にネガティブになってしまう。
ミスと失敗
ミス(mistake)は元々犯罪を犯すこと
⇒これって本当に良いこと?
「失敗」とは何か?
語源を考え出すと、その言語での背景・文脈まで関係してくる
李衛公問対 語源 失敗
言語ごとに「失敗」の表現はたくさんある(面白い!)
ファシリテーターの意見
1、失敗は良いこと?悪いこと?
カオナシさんがおっしゃっていた
「失敗」とは「失い」「敗れる」こと
⇒これ、なるほど、、と思いました!
これを踏まえて、失敗とは、
・基本的には良くないこと
(辛いし、悲しい、体力も気力も自信も失う)
ただし、
・生きているうちに(時効前に)リカバリーが効けば良いこと
・悪いことから良いことに変化する場合もある
だから、
やってしまった失敗を「良いこと」に転換していくことが重要
(転じて)
「若いころの苦労は買ってでもしろ」
と言うように、大きな失敗は若いころにした方が良いという話をよく耳にする
それは恐らくリカバリーしやすいから。自分一人の失敗で済むから。
しかし、経験を積み、責任ある立場に立った時、失敗は一気に許されない行為になる。
なぜなら自分以外の人に迷惑がかかるから。
会社を潰したら、従業員が路頭に迷う。
プロジェクトを潰したら、関わる全ての人の時間と労力が水の泡となる
「失敗は良いこと」という見方もあるかもしれないが、
失敗から反省し、学ぶことはあっても、開き直ってはいけない。
2、成功するにはどうすれば良いだろう?
☆成功するまで続ける
最近、「king’s war ~項羽と劉邦~」を見ている
(エピソードは色々知っているが、実写ドラマで見ると面白い)
劉邦の大軍が項羽の少数の兵に惨敗した時の話
家臣の蕭何が劉邦をしかりつける
https://youtu.be/JK0gDnjTufc?si=WXW07wZHVKBe3jdW&t=1173
劉邦「もう疲れた。もうやめたい。このまま一生遊んで暮らしたい。天下なんて知ったことか!俺には関係ない」
蕭何「劉邦、忘れたのか。蜂起した後言ったはずだ。私の命はとっくにお前に預けたのだと」
蕭何「ずっと行動を共にし、死闘を繰り返し、秦を滅ぼした。そして項門の会ではお前のために命を落としかけた。今ここでお前が止めたら、仲間はどうなる?」
最終的に劉邦は項羽に勝ち、天下を統一した。だからこれらの失敗もすべて報われた。何度負けても、勝まで戦い続けた。
(追記)
もし劉備が魏を倒していたら、
もし諸葛亮が北伐を成功させていたら、
関羽の敗死や夷陵での大敗も成功までのプロセスの1つになっていた。でも結果的に蜀は負けた。だからこれらの敗戦は、今では蜀の衰退の一員と言われている。
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
またやりましょう!
引き続き、楽しくて学びになる探究を実施してまいりますので、お楽しみに!