第161回「“思い出”の探究 記憶はどこまで正確か」

第161回 探究型ワークショップ実施!
テーマは「“思い出”の探究 記憶はどこまで正確か」です!
 
 

今回の問い

あなたのこれまでの経験や思い出、あるいは見聞きしたことに対して、その記憶はどれくらい正しそうか、あるいはどの辺が事実と異なっていそうか、考えてみてください!
(ぜひ、最近の者と昔のもの、色々考えてみてください)
 
 

インプットセッション

☆アイスブレイク
1円玉を描いてみよう
※皆さん手元に描いてみていただきました
↑描けたっ(どやぁ)
裏側、どんな柄でしたっけ。。。?
(月桂樹みたいな植物の絵…?)
 
>>
【補足】
エビングハウスの忘却曲線は正確には「節約率」のグラフなのですよね。
*節約率
「同じことを覚え直すコストが減少した割合」
例:10個の単語を覚えるのに最初は5分かかったとして、2回目は3分(2分の節約)で覚え直せたと仮定すると、「節約率」は、2÷5、つまり40%となる。
 
ー--
 

グループトーク

<<広告業・コンサル業 Uさん>>
【記憶がどれだけ正しいか?】
全然正しくない。
人は好きなように(そして楽に)処理し、覚えているもの
 
【どの辺が事実と異なっているか?】
殆どが(本当の意味の事実とは)違う。
印象と経過時間と知識(把握力)で記憶は加工されていく。
*明確な答えがあるものは別(テスト勉強の知識など)
例:
親から叱られた記憶/いい人ですね!と言われた記憶/サプライズ
/お酒の味/哲学書etc.etc…
 
そもそも記憶とは事実を保存するためのものではない…はず。
(昔の刺激を今の個体で引き出す時点で既に異なるのでは?)
けれど、それが個性で、それが多様性。
*でも、皆で何かをなす場合は”だからこそ”「すりあわせ」が大切。
 
おまけ:すりあわせ
精密平面を得るために、
摺り合わせ定盤上に鉛丹を塗って加工面を当て動かす手仕上げ作業。
(なので、精密平面(≒着地点)が見えてなければすり合わせはとても難しい)
 
>>「「記憶より記録」」
>>大事なことですね
>>記憶の前の段階で、正しく情報処理ができているかどうかも結構重要
 
ー--
 
<<中学3年生 Hくん>>
昔見たものに関しての記憶はかなりおかしくなっていたりする
 
【実体験】
2011年 当時スカイツリーは建設途中だった
その時の僕はなぜか約2キロ離れているスカイツリーが家の目の前にありスカイツリーを10階建てマンションぐらいの高さと記憶していた
そのため3年後に日本に帰ってきたとき記憶と全然違うじゃんとなった。
最近はそのような記憶違いは全く起こっていない。
(記憶違いを本当のことだと勘違いしている可能性もある)
あといやな記憶は消えない
(全く消えないというかたまに思い出してのたうち回る)
黒歴史っていうんですかねこういうの?
防衛機制仕事しろください。
 
>>防衛機構はちゃんと仕事してるのでは…(笑)
>>小学生の頃、野球グラウンドが滅茶苦茶広かった
⇒中学生になって行ってみると「こんなに狭かったの!?」
>>目線関係ありますよね、お馬さんに乗った時は違った感じしますもんね。
↑たしかにー!
>>普段は自転車や車で通りすぎてしまうところを歩くと、色々な発見をすることってありますよね
>>自分が「観測器」
 
ー--
 
<<化学系学生 Kさん>>
無意識に人を傷つけた思い出は忘れるけど、自分が傷ついたことはいつまでも覚えている。
偽造した記憶
母親から言われたこと、
テストで、、
みたいな、、に要注意
場所記憶ができない
偽造してない記憶
胎内記憶も偽造できる話
思い出す科学
モリス博士の実験
 
>>「足を踏まれた人は良く覚えている」(アジアのことわざ)
>>踏んだ人は忘れているものですよね…
>>『先生こんなこと言ってたな~」
と、記憶を偽造して答えた結果、テストで間違える
*先生の性格を読んで回答する、という手はありますよね…(非推奨)
>>胎内記憶
⇒実際に持っている人もいるし、本当のことは分からないけど、「自分は小さいころこうだったはずだ」と思い続けると、記憶を作れてしまうことも事実。
>>「その記憶がどこから来たか/誰から教えてもらったか?」は大切な視点…
(スピナー≒印象操作を仕事とする人はそれを使っていたり…)
>>めっちゃちっちゃい頃に見た夢の記憶だったりして>>胎内記憶
↑ふむふむ
>>なるほど
>>催眠が裁判に使えないのも、そういうこと(≒事実と違う)ですもんね。
>>zipファイル的なのに圧縮されてんのかな(忘れていると思っている記憶)
>>つまり朝方に見たやつは覚えてる可能性が他より高かったり…?
 
ー--
 
<<教育業 理科の先生 Iさん>>
昔の記憶 美化する 自分の都合いいように解釈される?
最近の記憶 思い出になっていく 
思い出すたびに記憶が歪められ
記憶は曖昧で 疑わしさもあるもの と自認すること必要?
生きているのは、「今」なのに、
悪い記憶にしても、よい記憶にしても、執着すると、今に目を向けることが難しくなります。
刹那的に感傷に浸ることも時には必要だと思いますが、「今」に目を向けたくないときほど、過去にとらわれやすくなってしまう傾向があります。
なので、悩んでいたり、解決したいことがあるときほど、意識して「今ここ」での自分の気持ちや「今ここ」での自分の行動に目を向ける必要があるのです。
生きるというのは、今の積み重ねでしかないからです。
ただ、気を付けたいのは、「今」を大切にすることと
「今だけ」がよければいいということとは違うということです。
現実に向き合う意識を持つということです。
 
>>瞑想すると灰白質が多くなるらしいです。
>>過去を見ることもそうですけどやっぱり今に目を向けることはとても大事ですよね、ありがとうございます。
>>記憶には痛みは伴わない。印象は伴う。
 
ー--
 
<<教育業・留学関連 Oさん>>
意外と記憶の良い方なので、
そんなに事実と異なる記憶をアウトプットすることはなさそうで、
質問に対する自分の自己認識上は良い例は思い浮かばない。
一方で、言われても思い出せないことはあると思いますが、
記憶違いとは違うので、自分では検証がしにくい(笑)
同じように人から言われた話で、
あれそんなことあったっけ?
みたいなことはあると思いますが、
ちょっとその具体例を思い出せない(笑)
比較的状況に対する記憶や、
見た話(アニメ、映画、書籍、ニュース、また仕事では授業中の生徒がとった行動や生徒が間違った問題の内容など)の記憶がいいのは、
見るときに心を込めてみている
(感情移入しているとかじっくり観察し考えながら見ている)ことと、
それについてしゃべるのが好きだから、
だと思われます。
 
>>第六感のある人は記憶力があまり良くないらしいです
>>意識する必要のないことは、優先度が下がっていき、思い出しにくくなる
>>自分が成長して乗り越えた場合も。
⇒かつての危機が今の自分にとっての危機にはならないため。
 
ー--
 
<<士業・猟師 Hさん>>
記憶について
最近のことはすぐ忘れる
冷蔵庫を空けてなぜ空けたのかわからなくなる
慌てて忘れ物を取りに帰ってもう一度忘れる
包丁を持ったまま外に出る
但し嫌なこともすぐ忘れる
人の名前は覚える気がないと覚えられない
思い出は大体美化されている
過去:学生時代は何でもすぐ暗記に走り、大人になってから暗記で対応出来ない問題に対処できず苦労する
今後は覚えることを減らし、忘れても大丈夫なようにする
自動ロックとか声メモとか?
 
>>サザエさんかな…>包丁事件
>>攻殻機動隊
⇒外部記憶にアクセスできる未来
⇒人間の賢さ=検索能力になっている
>>現代人は記憶力の面では馬鹿になっている可能性があるが、記憶以外にリソースを割いて、より効率的になっている
>>忘れるって悪いことではないかもしれないですね
>>ですなー!
>>時代によって必要な能力は違うということですね。
↑ですね!覚える分でほかのことができれば、覚える価値は下がる…的な
 
ー--
 

ファシリも考えてみた!

〇自分の記憶はどれくらい正しそうか
・自分はあまり記憶力が良くないので…正直忘れてしまっていることは多そう
 
〇子供の頃の不思議な記憶
・昔住んでいた夜のアパートで、階段の上からこちらを除いている何かを見ている何かを見た気がする
・小学校で友達と一緒にお米の脱穀をしていた時、廊下の向こうのトイレに何者かが入っていくような気がして、気になって皆で見に行った
⇒けど、行ってみると全然見つけられず、怖くなって皆で走って逃げた
ー今思えば、何かの勘違いだったのだとは思う
ー子供の頃はそういうことの1つや2つは何かしらありそう
 
〇一番古い自分の記憶
幼稚園で友達とチャンバラしていた
・新聞を丸めて剣にしていた
・雨の日
・園庭の端っこの、屋根の下
 
〇サッカーで初めてゴールを決めた時
ゴール前に相手ディフェンス何人かとごっちゃになっていて、
足元にボールが流れてきたから、押し込んだら入った
それまで中々試合で活躍できなかったが、その日ハーフタイムにチームメイトが暖かい言葉をかけてくれた。
 
〇中学時代の人付き合い
あまり大勢の人と関わるのが得意ではなかった
サッカー部にはそれなりに体育会系の奴らや、いわゆる表で活躍するような奴らが沢山いて、彼らと一緒にいるのがとにかく苦手だった
高校進学の際には、あ~やっと解放されると思った記憶がある
中学の時、嫌な思いをしたと感じていた
でもよ~~~く思い返してみると、
後にヤンキーになるような奴の家に行ったり、
うちに集まって遊んだり、
外で鬼ごっこして走り回ったり、
そういう奴の家に行って二人でゲームしたり、
一緒に塾に行ったり、
なんだかんだいろんな人と遊んでたな~と感じる
サッカー部の部長とか凄い苦手で嫌いだったけど、
なぜかクラスで席が前後で、普通によく話してた。
苦手だった、
嫌いだった、
というのは嘘ではないと思うが、
中学時代はあまり楽しくなかった
というのは思い込みだったのかもしれない。
それに気づいたのが、実はつい数年前。(笑)
瞑想をするようになって、
過去の事にもどんどん気づきを入れていく中で、
実はこうだったのではないか、
と思い出す(気づく)ことが多くなった。
 
〇実家で買っていた文鳥の性別
昔実家で文鳥を買っていた。
もう亡くなってしまったが、自分と凄く仲の良い子だった。
男の子の名前をつけて、
自分も男の子のつもりでずっと接してきたが、
最近になって親から、
あの子は女の子だったという話を聞いた。
いや、そんな訳はないと抵抗したが、
両親も、妹も、そういっている。
自分が間違えているのだろうか…(笑)
 
〇高校時代の思い出
高校時代の友達と会うと良く昔の話をするが、
ある友達としょっちゅう話が食い違う
自分の記憶が間違えているのか、
相手が間違えているのか、
真相は分からないが必ずどちらかは間違えている…
 
 

ファシリテーターより

今回もありがとうございました!
ファシリテーターの木原です。
 
今回は、以前よりずっと、そのうちやってみようと思っていたテーマとなります。
「記憶って結構曖昧だよね」
ということに関する探究なのですが、
記憶に関する研究や理論は既に色々と出ているため、
とっつきやすい切り口として、
「自分の記憶・思い出を深掘りする」
問い設定にしてみました。
 
ただ実際に考えてみると、
自分の記憶が合っているか、間違えているか、
を考えるのは難しいなと気づきました。
(ここは少し問いにブラッシュアップの余地があったかもです…。)
 
>>「記憶より記録」
グループトークの最初に出てきた話題です
めっちゃ大事なことですね。
(ある意味、ここで今回の記憶探究の答えが半分出てしまっていたかもなぁと思います)
 
また個人的に、
自分でも実践していることから、
瞑想の話がとても共感できると感じました。
瞑想、すなわち「今を観ること」になりますが、
未来のことを考えて起こる杞憂も、
過去の事を考えて起こる後悔も、
感じたり考えたりしているのは「今この瞬間」です。
 
記憶とは基本的に過去のことになりますが、当時の情報がデータとして今この瞬間自分の脳内、心の中に蓄積されており、それを引っ張り出してきて味わうのもまた今この瞬間。人は心の中の9割以上を観れていないと聞いたことがありますので、もしそうなのであれば、
「~と感じた」
「~と考えた」
と、今この瞬間に湧き上がってくる思考や感情に気づきを入れていくことで、それをきっかけに所謂過去のこともだんだんクリアになっていくのかもしれない。それはすなわち、他から見るとめちゃくちゃ記憶力が良い、あるいは頭がいい、と見えるようになるのかも…。と、思ったりします。
(そのように、恩師から教わったことがあります)
 
趣旨とはズレてしまうかもですが、今回のテーマと、参加者の方のご意見から自分なりに考えることです。
 
ご参加くださった皆様、ありがとうございました!
またやりましょう。次回は
6月10日(金)19:30~21:00
テーマは「紙の価値」
を予定しています。引き続き、楽しくて学びになる探究を実施してまいりますので、お楽しみに!